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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)4216号 判決

原告

赤津ハル

ほか一名

被告

国・東京都

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告赤津ハル及び同赤津美代子それぞれに対し三一九六万六九一三円及びこれらに対する昭和六三年四月二四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁(各自)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

訴外赤津正彦(以下「正彦」という。)は、昭和六三年一月二六日午後七時三〇分ころ、自動二輪車(一練馬て七一三一、以下「本件車両」という。)を運転して国道二〇号線(以下「本件道路」という。)を八王子方面から新宿方面に向けて走行中、東京都調布市飛田給一丁目二番先の本件道路上に存していた幅一・一メートル、長さ一メートル、深さ一〇センチメートル以下のほぼ台形状の陥没部分(以下「本件陥没部分」という。)に本件車両を落ち込ませ、その衝撃により左にハンドルを取られて転倒し、左斜め前方に滑走して別紙図面〈1〉の位置にあるガードレールの支柱に激突し、頭蓋破裂、脳挫滅により死亡した。

以下、右交通事故を「本件事故」という。

2  責任原因

(一) 本件道路は、片側二車線のコンクリート舗装された平坦な直線道路であるが、交通量が多いうえ、夜間は本件事故現場付近の照明が暗く見通しが悪かつたところ、八王子方面から新宿方面に向かう車線上に本件陥没部分があり、また、その周辺にはコンクリートの破片や砂利などが散乱していたのであるから、本件道路の右部分は、自動二輪車の走行にとつて安全性に欠け、危険な状態にあつたものというべきである。

なお、右陥没は本件事故の日の翌日である昭和六三年一月二七日に建設省相武国道工事事務所日野出張所によつて修繕された。

(二) 被告国は、本件道路の管理者であるから、国家賠償法二条一項により本件事故により原告らが被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

(三) 被告東京都は、本件道路の管理費用の負担者であるから同法二条一項、三条一項により原告らが被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 正彦の逸失利益

(1) 正彦は、本件事故当時三一歳の健康な男子であり、大映テレビ株式会社において助監督として勤務し同社から月額三二万円の給与を得ており、独身であつたが原告赤津ハル(以下「原告ハル」という。)と同居し同原告を扶養していたから、右給与額を基礎として正彦の生活費を収入の四〇パーセントとし、就労可能年数を六七歳までの三六年間、ライプニツツ方式(係数一六・五四六八)により年五分の割合による中間利息を控除して、正彦の本件事故時における逸失利益の現価を算定すると、三八一二万三八二七円となる(円未満切捨て。)。

(2) 原告ハルは正彦の養母であり、原告赤津美代子(以下「原告美代子」という。)は正彦の実母であるから、原告両名は正彦の右逸失利益に係る損害賠償請求権を二分の一ずつ相続した。

(二) 原告らの慰謝料

正彦は、原告ハルの孫にあたるが、養子となることによつて後継ぎの地位にあつたものであり、本件事故による正彦の突然の死が実母たる原告美代子及び養母たる原告ハル両名に与えた精神的苦痛を慰藉するためには、原告両名それぞれに対し、一〇〇〇万円の慰藉料をもつてするのが相当である。

(三) 弁護士費用

被告らは、原告らに対し、本件事故に基づく損害賠償債務の支払いを任意に履行しなかつたため、原告らは、本件訴訟の提起及び追行等を原告ら訴訟代理人に委任し、弁護士費用としてそれぞれ二九〇万五〇〇〇円の支払いを約束し、同額の損害を被つた。

4  よつて、原告らは、それぞれ被告ら各自に対し、本件事故に基づく損害賠償として三一九六万六九一三円及びこれらに対する本件事故の日以後である昭和六三年四月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告国

(一) 請求原因1の事実のうち、正彦が、本件車両を運転して本件道路を八王子方面から新宿方面に向けて走行中、原告ら主張の日時、場所において死亡したことは認めるが、原告ら主張の本件陥没部分があつたことは否認する。

(二) 請求原因2(一)の事実のうち、本件道路が、片側二車線のコンクリート舗装された平坦な直線道路であること、昭和六三年一月二七日に本件道路の路面補修が行われたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三) 請求原因2(二)の事実のうち、建設大臣が本件道路の管理にあたつていることは認めるが、その余は争う。

(四) 請求原因3の事実はいずれも知らない。

2  被告東京都(以下「被告都」という。)

(一) 請求原因1の事実のうち、正彦が、本件車両を運転して本件道路を八王子方面から新宿方面に向けて走行中、原告ら主張の日時、場所において死亡したことは認めるが、その余は知らない。

正彦が、本件道路を走行中転倒し衝突したガードレールの位置は、別紙図面〈2〉の位置であり、原告らの指摘する本件陥没部分の位置よりも八王子方面寄りにある。

(二) 請求原因2(一)の事実のうち、本件道路が片側二車線のコンクリート舗装された平坦な直線道路であることは認めるが、その余の事実は知らない。

(三) 請求原因2(三)の事実のうち、被告都が本件道路の本件事故現場付近の部分の管理費用を負担していたことは認めるが、その余は争う。

(四) 請求原因3の事実はいずれも知らない。

第三証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中、証人目録及び書証等目録記載のとおりであるから、これらをここに引用する。

理由

一  正彦が、昭和六三年一月二六日午後七時三〇分ころ、本件車両を運転して本件道路を八王子方面から新宿方面に向けて走行中、東京都調布市飛田給一丁目二番において転倒し死亡したこと、本件道路が片側二車線のコンクリート舗装された平坦な道路であつて、本件事故現場付近は直線道路であつたことは原告らと被告らの間で争いがない。

二  いずれも成立に争いがない乙第三号証ないし同第六号証、同第七号証の一ないし三、同第九号証及び同第一〇号証の各一ないし三及び同第一一号証、証人桧山淳及び同渡部嘉の各証言、原告赤津美代子本人尋問の結果及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第六号証の一ないし九並びに弁論の全趣旨によれば、本件道路は、歩車道の区別のある道路であり、八王子方面から新宿方面に向かう車道の二車線のうち、左側の車線(以下本件道路の新宿方面行きの車道の各車線を左側端から順次「第一車線」及び「第二車線」という。)は幅員三・〇〇メートル、第二車線のそれは三・二〇メートル、歩道のそれは三・一〇メートルであり、第一車線と歩道との間にガードパイプが設置されていること、交通規制として駐車禁止、横断禁止及び転回禁止の指定がそれぞれ公安委員会によりなされており、本件事故現場付近の別紙図面〈3〉の地点に駐車禁止の交通標識(以下「本件標識」という。)が設置されていたこと、本件道路の第二車線上には、本件標識から一・八六メートル八王子方面寄りにコンクリート舗装の継ぎ目(以下「目地」という。)があり、目地に沿つて底辺約一・一メートル、第一車線と第二車線の区分線に沿つて左辺約一メートル、上辺約〇・八〇メートル、右辺約〇・六〇メートルの長さでほぼ台形状のアスフアルトによつて補修された箇所があるが、その補修は事故の日の翌日である昭和六三年一月二七日に行われたことの各事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  原告らは、正彦の運転にかかる本件車両の転倒の原因につき、前記補修箇所が本件事故当時陥没していたため、本件車両の前輪が右陥没部分(本件陥没部分)に落ち込みハンドルを取られて転倒したものであり、また、乙第一号証中には速度制限の標識等の交通標識の位置が実際の位置と異なつて記載されており、ヘルメツトをかぶつていた正彦においては衝突により骨片が飛散するといつた事態は考えられないにもかかわらず、骨片が飛散し大量の血流がみられたという記載がなされているうえ、右本件事故の痕跡の位置を図面上特定できないから、乙第一号証及び同第二号証の内容が虚偽である旨主張するので、以下この点について検討する。

1  まず、乙第一号証及び同第二号証の記載の真否について検討することとする。

証人渡辺良三、同桧山淳及び同渡部嘉の各証言によると、警視庁調布警察署所属司法警察員渡辺良三及び桧山淳らは、本件事故直後の昭和六三年一月二六日午後八時一〇分から同五〇分にかけて本件事故現場についての実況見分を行い、渡辺は、被害者の血液や肉片等の位置の特定を行い、本件標識から約三メートル八王子寄りの別紙図面〈2〉地点にあるガードパイプの支柱(以下「本件支柱」という。)には衝突痕及び地上から約一五センチメートル付近に骨肉片が付着し、その根元の歩道上にはヘルメツトの青い塗膜片が落ちていたこと、同地点からスリツプ痕、ブレーキ痕等を発見しなかつたが、本件支柱から八王子寄りにかけての縁石に接触痕及びタイヤ痕が長さ約四メートル印されていたこと、正彦は本件支柱から約四二メートル新宿寄りの〈4〉地点に倒れていたこと、本件支柱のある〈2〉地点から正彦が倒れていた〈4〉地点にかけて骨片や血液が飛散していたこと、別紙図面〈5〉の地点に正彦が着用していたヘルメツトが落ちていたことをそれぞれ認め、〈2〉、〈4〉等の各地点の状況を写真撮影し、後日、右実況見分結果に基づいて乙第一号証の実況見分調書及び同第二号証の写真撮影報告書を作成したが、同第一号証中の交通標識については本件事故と直接の関わりがないものと判断したことから、参考のために記載したにすぎなかつた。

桧山は、後記のとおり正彦の友人であり同人の後方を自動二輪車で追従していた渡部嘉の立会いを得て、実況見分を行つた。その際、同人は、本件車両の約一〇〇メートル後方を走行しているときに、突然本件車両が左側に倒れ、路面との間で火花が散るのを確認したが、その後、正彦が〈4〉の地点までどのように移動したかは分からないと供述し、また、本件支柱に骨肉片が付着し、本件支柱から〈4〉地点にかけて血液が飛び散つている状況について確認した。桧山は、右の供述及び状況に基づいて乙第三号証の実況見分調書を作成し、右転倒地点は本件支柱から本件道路に垂直に三・二九メートル出た地点としたが、特に本件支柱等の状態と右供述との食い違いを問い正すことはしなかつた。

乙第一号証及び同第二号証の作成の経緯は以上のとおりであり、この経緯と証人桧山淳及び同渡部嘉の各供述によれば乙第二号証の四及び五の各写真は〈2〉地点を撮影した同第九号証及び同第一〇号証の各二、三の写真とそれぞれ同一であると認められることからすれば、乙第一号証及び同第二号証の記載を虚偽であるとする原告らの主張は採用できない。

2  すすんで事故状況について検討することとする。

右乙第一号証、同第二号証及び同第五号証、証人渡辺良三、同桧山淳及び同渡部嘉の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  正彦は、本件事故当時大映テレビ株式会社に助監督として勤務し、昭和六三年一月二六日、府中市にある三井グランドにおいてテレビ番組の撮影をしていたが、午後七時前に仕事が終了し、帰宅するため一緒に仕事をしていた渡部嘉及び高森優子と共に、それぞれ自動二輪車を運転して右三井グランドから本件道路に出て八王子方面から新宿方面に向けて走行した。右三人は、本件事故現場に至る途中二つ手前の信号で一旦停車し、そこから高森が第一車線を、正彦が第二車線を走行し、渡部は発進の際にギヤチエンジの操作を誤つたために正彦らから約一〇〇メートル遅れて、第二車線を走行した。

(二)  正彦は、前記調布市飛田給一丁目二番付近に至つたところで、突然運転していた本件車両とともに車体の左側を下にして転倒し、本件車両が路面と接触したことによる火花を散らしながら左斜め方向へ滑走した。

なお、正彦が転倒するとき、本件車両は弾むなどの異常な動きは示さなかつた。

(三)  同月二七日午前〇時〇分から同一三分にかけて正彦の死体検案が行われ、正彦には前頭骨、頭頂骨の破損が高度であり、前頭骨の一部が散逸している外、顔面に擦過傷があり、頭蓋破裂、脳挫滅により死亡したものと認められた。

3  右(一)ないし(三)の事実並びに前記1の渡辺及び桧山が本件事故現場付近において確認した事実によれば、正彦は本件車両とともに転倒した後、本件支柱に頭部を激突させて、頭蓋破裂等により死亡したものと認められるところ、正彦が頭部を激突させた本件支柱は本件標識より約三メートル八王子寄りにあり、さらに本件支柱より八王子寄りの縁石に本件車両によつて印された約四メートルの接触痕等があるのであるから、第二車線を走行していた本件車両が転倒し左斜め方向に滑走して同接触痕等を印すためには、本件支柱よりも相当距離八王子寄りの地点で正彦が転倒したものと認めざるを得ず、右地点は本件陥没部分の位置より相当の距離八王子寄りの地点となるから、正彦が本件陥没部分に本件車両を落ち込ませて転倒したということはあり得ないこととなる。

したがつて、請求原因は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

なお、原告赤津美代子本人尋問の結果及びこれによりいずれも同原告が本件事故現場付近を撮影したものであることが認められる甲第六号証の一ないし九及び同第一六号証によれば、昭和六三年一月三〇日、原告美代子が本件事故現場を訪れた際に、(一)本件支柱から新宿方面寄り約九メートルの地点の歩道の縁石上にチヨークで丸印が付けられ、その中に肉片様のものがあつたこと、(二)さらに新宿寄りのガードパイプの地上約八〇センチメートルの位置には擦過痕があり、青い塗料が若干付着していたことの各事実が認められるが、右(一)の事実は正彦が本件支柱に頭部を激突させたとの前記認定と相容れないものではなく、また、右(二)の擦過痕及び青い塗料が正彦の着用していたヘルメツト又は本件車両によるものか断定するに足りる証拠はないから、右(一)、(二)の事実も右の認定を左右するものではない。

四  以上のとおりであるから、原告らの本訴各請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸 原田卓 森木田邦裕)

別紙 〈省略〉

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